幼少期・学生時代

幼少期(生まれてから~小学校)

商売繁盛笹持ってこい♪ 
えべっさんの日 泉州の縫製工場の家に生まれる…


運動オンチだけど足は速い。そして絵が得意で家の中はいつも展覧会状態。漁師町の活気が私に油臭い船や海の絵を描かせまた人物画も好みました。海でがっちょ、池でザリガニ釣り、そして野山で土筆・レンゲをとり自然の中で遊び3歳違いの兄とは日夜怪獣ごっこと活発に大らかに育ちました。
小学校では学級委員で場をしきり、鼓笛隊ではバトンガール。クラブは女子がたった一人の科学クラブ。紅一点はこの頃からのようです。そして学習発表会ではピアノを弾くのは私の役割。人の目にはちょっと目立った子供でしたが当の本人はとても恥ずかし屋さんでした。
活発だけど一人で遊ぶことが多く、親が習わせてくれた読み書きソロバンもひとりで熱心に励んでいました。
自営で共働きだった両親に迷惑をかけないように寂しさを心の奥に押し込め、明るくいい子に振舞っていた大人びた子供だったように思います。
神経質で大胆こんな二面性を持った私は、一歩前に踏み出すことが出来ず自分に勇気が欲しくて図工の時間に作った橋に「勇好橋」と名づけたことを思い出します。
折しも私が小4の時に父が単身で熊本に出向き、彼が60歳で他界する20年あまりの中で父に会う事は数えるほどになります。

学生時代(中学・高校・大学)

男子に交じって地車の綱を引っ張るというお祭大好き女子…


中学・高校は地元の公立学校、高校はだんじり祭りで有名な岸和田。
高校の学び舎はお城が見える絶好の立地、毎日お城の周りを朝練と称し走っていました。クラブは中学から始めた陸上部400・800メートル近畿大会で入賞。もともと持ち合わせていた負けず嫌いの性格と根性に磨きがかかりました。ともに汗を流したクラブの仲間と顧問の先生との出会いは今も私の宝です。
一方、中学の頃から華道と茶道を嗜み、日本文化に触れ今も続いています。
大学は家から2時間かけて神戸女学院(専攻は一応フランス文学)で学ぶものの真面目な学生ではなかったですね。日夜ダンパ(ダンスパーティ)、スキーと芝居に明け暮れていましたから。スキーは乗鞍高原で居候をして昼夜興じていました。
芝居はもっぱらアングラ芝居、役者を夢見てタレント養成スクールに通い、映画・芝居を一人で見て歩き、時には朝日放送の関西ローカルの長寿番組「部長刑事」にちょい役で出演。自分とは違う人生を演じたかったのかもしれません。
結構、感受性が豊かで「静と動」を併せ持つアンビバランスな学生時代でした。
この頃も、人の目を気にして自らの素を表現することは得意ではありませんでした。
学生時代の締め括りは遠距離恋愛にピリオド 結婚の夢たたれジ・エンド。(涙)